2023.07.09 重要 司法試験と進路

【受験生への応援メッセージ⑫ 白木敦士先生】

【受験生への応援メッセージ⑫ 白木敦士先生】
今年4月に本研究科に着任した白木敦士(しらきあつし)と申します。
司法試験受験を前に、大変緊張されていることと思います。私も、10年以上前になりますが、司法試験を受験しました。試験日が近づくにつれて気持ちが焦り、不安は増加し、ストレスフルな日々を過ごしていました。今思い返しても胸が苦しくなります。
皆さんにお伝えしたいことは、たくさんありますが、4点に絞ってお伝えさせていただきます。
第一に、「準備不足を受け入れた上で、それを力に変える」ということです。
私は、私自身も含めて、「十分な準備を終えて司法試験の受験にチャレンジできた」という合格者を誰一人知りません。結果的に優秀な成績で合格する人であっても、それぞれの不安を抱えながら、試験に臨んでいます。そして、傲慢な受験生は、その不安を、「しったかぶり」の答案を書くことで誤魔化そうとします。他方で、謙虚な受験生は、その不安を、「虚心坦懐に問題を読み、条文や基本的理解を出発点とする答案を書く能力に変換することができます。私は、本研究科に着任して僅か2ヶ月ですが、皆さんの優しさ・謙虚さに触れる機会を多くいただきました。準備不足で司法試験に臨むことに対して、不安に思う気持ちはよくわかります(私も、「民訴の多数当事者訴訟が出たら嫌だな、、、」「素因変更が出題されたらどうしよう、、、」などと祈っておりましたので)。「不安感」は辛い感情ですが、不安を感じること自体を否定する必要は全くありません。皆さんの不安は、誠実な態度で試験に臨むことにより、司法試験の得点に変換され得るということを、自信を持ってお伝えします。
第二に、「受験中に、悪魔の瞬間は必ずやってくる。それを予期しておく。」ということです。
受験中には、「どのような論点について書けば良いか分からず、逃げ出したくなる」悪魔の瞬間が必ず訪れます。本番で辛くなった時、「これが、白木が言っていた『悪魔の瞬間』か」と、私のメッセージを思い出してください。予期することで、心の余裕が生まれます。そして、この悪魔の瞬間の対応こそが、勝負どころです。問題文の事実と、事実に関連しそうな条文を、目を皿のようにして精読し、皆さんの丁寧な性格を、試験委員に示して差し上げてください。なお、これは、私の受験時に、ロースクールの先生からいただいたメッセージです。そのおかげで、私自身も、受験中に悪魔と戦う力を得ることができました。
それでも、何を書いて良いか分からない場面に出くわすかもしれません。
どうぞご安心ください。その一問で合否は決まりません。司法試験は、総合点での勝負です。全ての科目の全ての論点で「ヒット」を打ち続けることなど幻想です。司法試験は、全ての科目で平均点を獲得すれば、余裕を持って合格できる試験です。「アウト」になってしまった時にネガティブな感情になるのは当然の反応ですが、その都度、心のハサミでしっかりと断ち切り、次の打席に臨んでください。全ての打席は独立しています。「気持ちを引きずらない」能力は、とても重要です。
第三に、「たかが司法試験」という割り切りです。
クイズを一題出題させていただきます。
フランクリン・ルーズベルト(第32代米国大統領)、カマラ・ハリス(現米国副大統領)、ヒラリー・クリントン(元米国国務長官)、ミシェル・オバマ(第44代米国大統領夫人)の共通点をご存知でしょうか。共通点は、3つあります。
「弁護士資格を持っていること」が最初の正解です。
が、それだけではありません。「司法試験に不合格となった経験があること」が、もう一つの正解です。
ご存知の通り、米国の司法試験の合格率は、日本と比べてとても高いです。州によっても異なりますが、彼ら・彼女らの周囲では、ほぼ全員が試験に合格していたはずです。
合格率が非常に高い司法試験と聞くと、日本の我々にとっては羨ましくも思えます。しかし、「受かって当然」の試験となりますので、その分、受験生の肩にかかる重圧も大きくなります。彼らが、これまで優秀な成績を修めてきたであろうことを考えると、不合格が判明した際のショックはとても大きかったと想像できます。
彼女らにとっても、司法試験の受験自体は、とても緊張した経験であったはずです。ですが、勇気を持って受験したからこそ、不合格という結果があるという事実を忘れてはいけません。ここで、三つ目の共通点として、彼女らが「不合格を恐れずに司法試験に挑戦したこと」を挙げることができます。皆さんが、不安な中で、勇気ある第一歩を踏み出されること自体に、大きな意義があると信じています。
もう一つ重要なことがあります。
おそらく皆さんの中で、このクイズに正解できた方は殆どいないのではないかと思います。いま世界中で、彼女らの不合格経験に目を向ける人など、誰もいません。同様に、皆さんの将来のご活躍を考えた時、皆さんの司法試験の受験歴に目を向ける人など誰もいません。このメッセージをお読みの皆さんは、試験を前にとても緊張した時間を過ごされていることと思います。時には、「たかが司法試験」であることを思い出し、司法試験受験を、皆さんの長い人生の中で相対化して捉えることで、できるだけリラックスして試験に臨まれることを願っています。
さいごに、司法試験の受験に臨む皆さんは、「代表選手」であることを思い返していただきたいと思います。
私は、F1レースには全く詳しくありませんが、司法試験受験生は、「F1ドライバー」に喩えられると思っています。F1では、レーシング・カーを運転するドライバーが常に脚光を浴びます。確かに、複雑なコースを巧みなハンドル・アクセル捌きで駆け抜けていく姿は、観客を大いに魅了します。しかしながら、F1ドライバーが、出走するに際しては、車体や部品のデザインを行う者、車体の整備を行う者、レース中に迅速にタイヤ交換を行う者など、多くのサポート・スタッフの活躍が不可欠です。レース後のドライバーのコメントを聞いていると、サポート・スタッフへの感謝を時間をかけて語るレーサーが多いことがわかります。司法試験においても、ハンドル(ペン)を握るのは皆さん自身ですが、皆さんが司法試験会場の席に着席するためには、皆さんを心から応援するご家族やご友人、ロースクール進学に際して推薦状を執筆してくれた方、本研究科の先生方などなど、多くの「サポート・チーム」が必要不可欠でした。
司法試験の「受験開始」の号令は、出走のシグナルです。感謝の気持ちとともに、ご出走ください。
もっとも、司法試験の場合には、コースアウトせずに、丁寧にコースを走り終えることが表彰台への条件になります。奇をてらうことなく、基本に忠実な運転を心がけてください。
長くなりましたが、お読みいただき有難うございました。
皆さんの挑戦を、心から応援しております。